金蘭千里中学校入学
近畿大学付属中学校合格

私は、5年生の秋にHOPESに入塾しました。入ったときは、みんなとの差があり、算数の小テストで基準点以下だったのでいつも居残っていました。般若先生のoneoneの個別指導で基本的なことを教えてもらい、だいぶん成績が上がりました。社会も、もう歴史の勉強が始まっていました。なので、必死に覚えようとしましたが、なかなか覚えることができませんでした。
 6年生になって、毎日がとても忙しくなりました。起きてすぐ、または学校から帰ってすぐに、宿題や勉強をしていました。10月後半ぐらいからは、宿題が終わらず、学校を遅刻したことがたびたびありました。それでも、算数は、やっと少しずつみんなに追いついてきました。それは、般若先生のとても分かりやすい解説や授業をおもしろくして下さったおかげです。しかし、復習の量が全く減らず、悩んでいました。がんばって、なるべく自分で解き、分からない問題は質問をしました。社会では、6年生の途中からたくさん問題を解く復習形式のプリントに変わったとき、ほとんどしていなかった地理や覚えていなかった歴史の用語に困りましたが、山下先生の面白い授業のおかげで、いつの間にか覚えられたので、なんとか入試には間に合うことができました。しかし、理科はほとんど何も知らなくて、しっかりしようとは思っていましたが、なかなか用語も覚えられず、いつも怒られていました。冬休みは、復習に入り、計算で間違ったり、間違いの量が多かったりしたら、呼ばれて指導されます。私は、その時間違いの量が多くて、間近で怒られたり、補助プリントを渡されたりして、いつも泣いてしまいました。
 冬休みが終わって通常授業にもどり、少ししたら入試の日になりました。その日は、全く緊張しませんでした。会場には山下先生が来て下さっていました。そこで般若先生から電話をもらい、はげましの言葉をいただきました。会場に入って、試験が始まるまで時間があったので、国語のまとめプリントを見ていました。まず国語、その後算数がありました。算数は、最後の問題以外はスラスラ解けました。もう一度見直してみたら、計算間違いを何カ所か見つけて直すことができてよかったです。最後の問題は分からず、時間が来たので仕方なく適当に書きました。社会では、とても早く終わっていしまったのですが、最初の問題が分からなかったので、適当に書きました。けど、何度か見直ししたところ、たまたま思い出したので、不安でしたがそれを書いたところ、後で確かめてみたら合っていました。うれしかったし、安心しました。最後は理科でした。最後の理科の授業で、覚えていなくて補助プリントをもらって読んでいた中に書いてあったことが出ていたので、うれしかったです。午前の試験が終わって、午後も同じ学校を受けるので、午後の試験が始まるまで学校の食堂で待っていました。午後は、国語と算数の両方とも難しくて、どれから解けばよいのか分からず、あわててしまいました。試験が終わったときは、ほっとしました。次の日の午後に、試験の結果を見ました。自信が無かった午後の方の試験の結果を見ました。残念ながら不合格でした。次に午前の方の結果を見ました。すると、合格だったのでうれしくて思わず飛び上がりました。すぐに先生に電話をしました。次の日は、第二志望の学校の試験を受けに行きました。第一志望校が合格していたので、安心して受けることができました。結果は合格でした。
 ここまであきらめずに来ることができたのは、とてもていねいにわかりやすく、教えて下さった先生方、いつもお弁当を作ってくれ、夜おそくにむかえに来てくれたお母さんのおかげです。本当にありがとうございました。


佐賀 俊哉
同志社香里中学校入学
大阪桐蔭中学校合格

ぼくは、1年生の時にHOPESに入塾しました。最初はアルゴクラブだけでした。アルゴクラブはとても楽しくて、授業がある時は、いつもわくわくしていました。その頃の先生たちは全然こわくありませんでした。
 3年生になると、アルゴに加えて普通の授業も始まりました。3年生の時の宿題は少なくて、ちゃんとやっていました。けれど学年が上がるにつれて、宿題がどんどん多くなり、ぼくの復習は雑になっていきました。
 5年生になるとほとんど宿題を出さなくなりました。宿題をやる時は答えを写していました。それが先生にばれ、すごくおこられました。
 6年生になり、第一志望校は兄と同じ北嶺中学校にして、第二志望校を愛光中学校に決めました。しかし、ぼくはこんな難関校を目指そうとしているのに、いつも宿題をいい加減にしていました。そのいい加減さは合格判定テストではっきり出ていました。どっちも判定がCでした。けど、ぼくはこの判定を見ても反省もせず、そのままにしていました。当然、その次の合格判定テストでも判定はCでした。あまりにも結果が悪すぎたので、愛光中学校はあきらめて、志望校を同志社香里中学校にしました。
 そして1月8日。いよいよ本番。北嶺中学校の試験の当日です。会場には山下先生と北嶺中学校を目指している5年生の子が応援に来てくれていました。そのおかげで緊張がほぐれました。1月11日の午前9時に合格発表がありましたが、表にはぼくの番号はありませんでした。落ちてしまいすごくくやしかったです。でも先生は
「まだ合格のチャンスはある」
と、言ってくれました。
 1月19日。同志社香里中学校の試験日です。今度こそ合格したいと思っていました。次の日に合格発表がありました。すごく緊張しましましたが、表には自分の番号がありました。すごくうれしかったです。お母さんは泣いていて、お父さんは喜んでいました。
 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、HOPSESの先生たち、今までぼくを支えて下さり、本当にありがとうございました。


奈良学園中学校入学
帝塚山中学校合格
明星中学校合格
岡山中学校合格

ぼくは、アルゴクラブからHOPESに通っていました。アルゴのときは、どの先生も優しかったのですが、3年になり受験勉強が始まると、急に怖くなったように感じました。宿題はなかなか終わらず、1時間かかってやっと終わったものもあります。本の宿題もやってはいましたが、不完全であったり、分からない所が多すぎるのもあったりしたので、母や先生にはよく怒られました。それでも、復習だけは怠らなかったので、テストの成績はよかったです。
 受験について、よく考えるようになったのは4年生からです。宿題などのスピードは少し上がったのですが、算数、国語の点数が悪く、特に算数に苦手意識を持ってしまいました。また新しく入ってきた社会には、なかなかついていくことができず、困っていました。
 5年生になり、社会が歴史になりました。小テスト(50点満点)で25点や30点はあたりまえで、一度48点を取ったときは、母にいやと言うほどほめられました。また、算数や理科の内容がとても難しくなり、算数は追いつかなくなりました。そして11月になってから、復習をサボるようになってしまい、成績は落ち先生に怒られる回数も増えていきました。国語では記述問題でなかなか書くことができず、悩んでいました。
 6年生になり、春休みの間は授業がない日にも教室を借りていました。5年生の苦手を少しでもなくそうと、必死になって勉強しました。その結果5年生でためていた未完成プリントを全て終わらせることができました。その状態をしばらく保っていたのですが、夏休みに、復習をサボったり、本の宿題をためたりして、未完成プリントが5年生のときより多くなってしまいました。成績もどんどん落ちてしまい、とうとう過去最低の点数を取ってしまいました。国語は、記述問題が全く書けなくなったので、個別授業をしてもらい、やっと書けるようになりました。復習も少しずつやっていくようにはなったのですが、もっと早く復習の大切さに気がつけばよかったと悔やんでいます。
 とうとう、1月19日になりました。いつもよりも2時間ほど早く寝て、6時には起きる毎日が始まりました。ぼくの受験日程は1日目が星光学院中学校、明星中学校、2日目が帝塚山中学校、そして3日目は奈良学園中学校でした。受験会場につくと、先ずトイレの位置を確認し、いつもと同じ勉強をする気持ちでいどみました。2日目の帝塚山中学の試験が終わり、星光学院中学の発表を見に行くと不合格でした。しかし、明星中学は特進コースで合格しており、とてもうれしかったです。3日目の奈良学園中学の入試が終わり、帝塚山中学の発表を見ると、英数コースで合格していました。奈良学園中学は特進コースでした。
 ぼくは奈良学園中学に進学することに決めました。第一志望ではありませんでしたが、自分では納得しています。最後まで教えて下さった先生方、本当にありがとうございました。


帝塚山中学校入学
香川誠陵中学校合格

ぼくがHOPESに入ったのは4年生の時でした。3年生までは浜学園に通っていましたが、一番下のクラスでした。そこで、お母さんがこのままでは志望校に合格できないからと、塾をHOPESにかえてくれました。
 初めて受けた授業は国語でした。最初のころは答えがわかってもどうすればいいのかわかりませんでした。先生方に教えてもらいながらなんとか授業を受けていました。けれど、ぼくは本の宿題をずっとやっていませんでした。もしもそれらを毎週欠かさずにやっていれば、志望校以上の学校にも合格できたのではないかと、今になって思います。余裕をもって確実に合格するには、しっかりと本の宿題をして、必ず復習をすることが大切です。先生がいつも言っていた通りで、力をつけるには復習が一番効果があると思います。
 途中で同じ学校の人が何人かやめました。このまま自分もやっていけるのかとても不安になりました。復習テストもあまりよくありませんでした。なのにぼくはいろんな科目で好きな分野だけをしっかりやり、苦手や嫌いな分野はおろそかにしていました。算数の問題集も、適当にやってただ答え合わせをしただけで分かった気になっていました。そんな状態で6年生をむかえました。
 6年生になってから「もう自分たちにはあと1年しか時間はないんだ」と思うようになりました。夏休みが始まる直前に一つ上の先輩たちから
「この夏休みが一番重要だ」と言われました。そして配られた夏休みの日程表を見ると、6年生に休みはありませんでした。それからは、朝から夜まで勉強しました。一つ一つの授業に復習と宿題があり、その上に本の宿題もあったのでとても大変でした。プリントはしっかりやっていましたが、本の方は全て終わらないこともありました。そして夏休みが終わり、少ししてから先生からある紙を渡されました。その紙には、算数の問題集(青と緑)でぼくが苦手な分野の問題に丸がつけてありました。先生から
「その丸をつけている所を解いて復習すれば弱点を補強することができる」と言われ、自習の時に少しずつ進めていきました。すると、以前はわからなかった問題も正解することができました。その時はとてもうれしかったです。
 11月ごろから第一志望の帝塚山中学校と第二志望の同志社香里中学校の過去問を解き始めました。帝塚山は6年分、同志社香里は3年分ぐらいしました。わからないものは先生に教えてもらいました。その問題の解き方だけではなく別の解法や、もっと簡単な解き方などいっぱい教えてもらいました。入試一週間前になると授業のない日はずっと自習でした。
 ぼくは5年生までずっと理科が苦手でした。それでも6年生になり、5年生までは理解していなかったことも確実におさえることができました。入試本番の日でも一番不安だったのは理科でした。
「覚えた事書けるかな。落ちついて自分のペースで考えることができるかな」とずっと不安でした。しかし、最初の日のテストの結果は75点中71点でした。国語と算数と理科の合計点を1.2倍してやっと合格点に達したので、とてもうれしかったです。合格点に届いたこともうれしいかったですが、苦手な理科で71点もとれたことがうれしかったです。
 授業では厳しかった田中先生ですが、最後の最後はしっかりぼくたちの背中をおしてくれました。山下先生は宿題が多くて、みんな疲れているだろうと、とても楽しい授業をしてくれました。般若先生は練習用のプリントを作ってくれたり、質問を受けてくれたり、試験会場まで来てくれたりして、最後の最後までぼくたちを支えてくれました。
 最後に、今まで指導してくれた先生方、支えてくれた家族には、とても感謝しています。中学生になってもHOPESのことを忘れずにがんばっていきます。


秦 友大
東大寺学園中学校入学
大阪星光学院中学校合格
清風南海中学校合格
清風中学校合格
岡山中学校合格

ぼくは3年生の時にホープスに入りました。
 3年生のころは宿題をしていましたが、4年生から5年生前半ぐらいまで宿題をしないことが多くなりました。4年生のときに、エフォート算数をなんと100ページもためてしまい、流石にそのときは自分でも青ざめました。それからは宿題をほとんどするようになりました。
 6年生になりました。
 受験間近になり、先ずは前受けに函館ラ・サール中学を受けました。結果は不合格でした。そのことでぼくはやっと目が覚めました。自分の勉強がいかに甘かったか、自分の勉強量がとても受験生と言えない少なさだったことに気づき、勉強の方法からを考え直しました。1月に入るまでにやった過去問を必死で解き直しました。そして、質問はしたけどそのままにして解き直しをしていなかったものも解き直しました。受験までにやった過去問は、東大寺学園中6年分(理科は20年)星光学院中7年分と清風南海中4年分と函館ラ・サール2年分になりました。
 受験当日をむかえました。一日目の星光学院中学は自分が思っていたより難しかったので、正直合格しているかどうかは心配でした。そして午後には清風中学を受けました。こちらは自信がありました。
 そして2日目、清風南海中学も思ったより少し難しかったですが、自信はありました。そしてお父さんに見てもらった清風中学と星光学院中学の発表が、両方とも合格だったのでうれしくなってほっとしました。
 そして3日目、東大寺学園中学を受けました。星光学院が受かっていたので、楽な気持ちで受けることができました。しかし、算数の難しさで頭が一瞬で真っ白になりましたが、スイッチを入れ直し、できるかぎり問題を解きました。そして、ぼくの受験は終わりました。
 清風南海中学は合格。なんと、東大寺学園中学にも合格していました。正直、自分でもびっくりしました。
 ぼくは、受験を通して、努力することの大切さを学べたと思います。
 最後まで教えてくれた先生方、ありがとうございました。

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