池澤 成都
明星中学校入学
上宮中学校合格
帝京冨士中学校合格

「宿題また出せないってどういうこと?!」
 ぼくは、毎日のように三人の先生の気分を損ねていた。
 ぼくは、2年生の3学期からHOPESに入った。つまり、最初から入ったというわけだ。入ってすぐわかった。自分が国語が苦手だということが。国語は先生の言うことがほとんど理解できなかった。算数でも少し理解しにくいことがあったけど、それでも他の教科よりはよくわかった。理科では、生物などは大好きだった。けど、計算はきらいだった。
 何より、ぼくはよく泣いた。誰よりもよく泣いただろう。宿題をしてこなくて叱られたときだけでなく、テストを返されるときにも、それ以外にも、いろんな時に泣いた。6年生になってもまだ泣いていた。泣いて泣いて泣いてどんだけ泣くねんと思えるくらい泣いていた。
 それでも、そうこうしているうちに、受験の日はやって来た。
 初日は、明星中学校。午前中に一次試験。午後には二次試験が待っている。前日はリラックスしてよく眠れた。朝目覚めたときは、さほど緊張していなかった。カイロを4個手にし、大阪に向かった。(ぼくは奈良に住んでいる)
 会場には先生が待っていてくれた。友だちとは同じ教室だった。テストが始まる前にトイレに行ったが、次第に緊張してくるのが自分でも分かった。
 試験が始まった。深呼吸を一回してから取り組んだら、いつものテストと同じようにできた。試験終了後には、自信を持って合格したと思った。午後の入試もリラックスして臨めた。
 次の日は、上宮中学校。緊張はしなかったし、問題も難しくはなかった。手応えがあったので、合格は間違いないだろうと確信した。
 しかし、その試験の後は明星中学校の合格発表だ。このときが一番緊張した。もしも、自分の番号がなかったらと思うと、ぞっとしたが、番号はあった。思わず「あった〜〜!!」と大声で叫んだ。
 さあ、最後は東大寺学園中学校だ。心を引き締めた。けど、緊張はしなかった。なぜなら既に一つ合格しているからだ。
 先生方は全員で応援に来てくれた。教室に向かうとき、大声で「がんばってこ〜い!」と言ってくれた。
 テストが始まり、国語はいけたかなと思った。しかし算数。ぼくには難しすぎた。理科もなんでこんなに難しいのが出るのだと。
 全てが終わってすぐ、「おれは明星に行く」と心の中でなかでそう決めた。
 今は家族に感謝している。これまで本当にありがとうと。
 そして三人の先生にも感謝したい。受験は自分の人生の一歩だとわかった。
 僕を支えてくれたすべての人に感謝したい。

KAMEの弟子
愛光中学校入学
岡山中学校合格

ぼくは3年生の6月にHOPESに入塾しました。それまでは小学校受験でお世話になった塾に通っていましたが、父の決断で転塾しました。HOPESは学校からとても遠く、制服とランドセルのまま塾に行かなければなりませんでした。平日は校門から最寄駅まで走って電車に乗っていました。それでも授業開始ぎりぎりでした。
 入塾して最初の授業は「面積」でした。般若先生に黒板に書かれた面積の公式を10秒で覚えろと言われました。前回の授業を受けていなかったぼくは、公式の成り立つ理由を知りませんでした。実際に10秒たったら消され、一人ずつ言わされました。ぼくには三角形の公式でしたが、答えられなくてその場で泣いてしまいました。その時の先生はとても恐かったです。ぼくは来てはいけない塾に来てしまったと思いました。しかし、それも今では笑える思い出です。
 4年生の夏ごろから『計算300日』を全くしませんでした。気が付けば取り返しがつかないほどためていました。家に帰れば親に怒られ、塾に行けば先生に怒られ、毎日が地獄のようでした。結局、4ヶ月かけて借金は完済しましたが、宿題をためこむのはよくないと、心から思いました。
 5年生では、志望校を決めるために、あらゆる学校説明会を回りました。行きたい学校より行きたくない学校の方が不思議とはっきり分かりました。
 6年生になってついに受験が迫ってきたと感じました。小テストの点数が悪いと残らされ、家に帰れません。ぼくの家は遠かったので、帰宅がとても遅くなり、いつも寝不足でした。夏休みは自習室で宿題を真面目にがんばりました。すると9月に入って成績がとてもあがりました。しかし、二学期に入ると宿題はするものの、勉強に対して熱意がなくなり、成績は少しずつ下がりました。冬休みになるとさすがにこれはダメだと気付き、取り返すために朝9時から授業終了まで塾の机に向かい、必死で宿題・過去問をこなしました。クリスマスケーキも年越しそばもおせち料理も何も食べられませんでした。年越しのカウントダウンはその10秒前くらいからテレビをつけましたが、2014年になった10秒後にはテレビを消し、机に向かっていました。そのおかげで最後の方は過去問でその年の合格点を取れるようになりました。
 そして迎えた初めての中学入試。初日は先生方に励まされたものの、ものすごく緊張していました。この緊張を引きずったまま、次の日を迎えてしまいました。結果は言わずもがなです。
 良い結果ではありませんでしたが、今は全て自分の責任だと感じています。最後までぼくを見捨てずに、個人授業までしてくださった先生方には感謝しています。瀬戸内海を渡っても、今度は大学受験に向かってがんばります。本当にありがとうございました。

芝 野乃花
大阪教育大学附属平野中学校入学
清風南海中学校合格
土佐塾中学校合格

私が入塾したのは4年生の初めでした。ついていくのは大変でしたが、授業はとても面白く、最初の復習テストの国語が1位だったこともあり、続けようと思いました。
 4・5年生はあっという間に終わり、6年生になると急に受験を意識するようになりました。国語の記述問題はできるようになりましたが、算数は、問題を解くのが遅く、いつもプリントは真っ赤でした。また、宿題が増え、それにかかる時間も増えたので、夜遅くまでかかって宿題を仕上げることもありました。夏休みが終わると、志望校の過去問をするようになり、運動会や修学旅行のあった時期はつらかったです。
 入試直前の激励会では、先生や先輩から応援やアドバイスをいただきました。また、先生がプレゼントも下さり、とても嬉しかったです。よ〜し、がんばろうと思いました。
 そして受験当日。
 先ずは、前受けです。それほど緊張しませんでした。合格でした。
 次は、大阪教育大学附属天王寺中学校の一次試験と、清風南海中学校の試験でした。二つとも無事に合格。
 しかし、次の日の西大和学園中学校の試験では、算数と理科が難しく、残念ながら不合格。悔しかったです。
 そして、その次は、大阪教育大学附属天王寺中学校の二次試験でした。体育の試験までの待ち時間がとても長くて疲れました。結果は不合格でした。第一志望だったので、とてもショックでした。
 最後に、大阪教育大学附属平野中学校の試験を受けました。この試験では、気持ちを切り替えて臨むことができたように思います。面接はとても緊張しましたが、結果は合格。掲示板に自分の受験番号を見つけた時は、とてもうれしかったです。
 私は受験を通じて、一生懸命がんばることの大切さと、応援してくれる人がいることのありがたさを学びました。本当に良い経験ができたと思います。
 最後に、3年間教えて下さり、受験の当日も寒い中朝早くから応援に駆けつけて下さった先生方、どんなに忙しくてもいつもお手紙付きの美味しいお弁当を作ってくれ、誰よりも応援してくれたお母さん、いつもひそかに応援してくれたお父さん、今まで本当にありがとうございました。
 これからも、HOPESで学んだことを土台に、がんばっていきたいと思います。

K.S
東大寺学園中学校入学
大阪星光学院中学校合格
愛光中学校合格
明星中学校合格

僕は一年生の冬ごろにHOPESに入りました。初めはアルゴクラブだけでしたが、問題集を買い、家ではそれを進めていました。アルゴクラブでは、先生方はとても優しく、とても楽しかったです。
 3年生になると、総合コースと算数特訓コースを受講しました。そのころはまだ志望校を決めておらず、受験も意識していませんでした。ただ、復習はきっちりとやりました。復習プリントをコピーして、同じプリントを何度も何度もやり、完璧に仕上げました。母もつきっきりで勉強を見てくれました。小テストでは、三回連続満点を目指し、結果たくさんのノートをもらえました。4年生になっても志望校は決まらず、3年生のころのようにただ普通に勉強をしていました。
 5年生になり、ようやく志望校が決まりました。大阪星光学院中学校を第一志望にしました。近くにあるので通学時間を短くできるのと、学校の友達に星光志望の人が多かったのが理由です。学校見学にも行き、少しずつ受験を意識し始めました。宿題は、テキストが増え、量が多くなりましたが、どんなに忙しくても手をぬかず、ていねいに仕上げていきました。
 ついに、6年生になりました。成績がだんだん上がってきたので、東大寺学園中学校を第一志望としました。自由な校風や校則がないことなどに魅力を感じたからです。僕の通っていた小学校に東大寺学園中の教頭先生が講演に来て下さり、その思いはますます強くなりました。
 夏になりました。
「夏を征するものは受験を征する」とたくさんの人から言われました。朝から晩まで勉強し、それを毎日続けました。授業のない日も自習をしに教室に行きました。自習室だと、勉強がとてもはかどります。ですから、教室開放日には必ず行き、友達と午前中にどれだけできたか、帰る時にはどれだけできたかなどを競いました。また、算数オリンピックにも挑戦しました。トライアル大会を通過し、ファイナル大会に出場することもできました。夏休み最後の日には、五ッ木駿々堂の模擬テストを受けました。順位が一けただったので、自信がつきました。
 秋からは、志望校の過去問に取り組みました。父が古本で持っていたものからやりましたが、古くてもかなり難しかったです。宿題のテキスト、プリント、過去問、この三つをうまくこなすのは大変でした。
 僕の通っていた小学校では、クラスのほぼ全員が中学受験をします。また、実力テストという五ッ木のようなテストも行われ、偏差値も出されます。(順位は出ませんが、点数分布は公表されるのでだいたい分かります)ですから、2学期はいよいよ入試だという張り詰めた雰囲気の中で過ぎていきました。
 冬休みになりました。最後の追い込みです。激励会も開かれ、おかげで入試の時期のすごし方がよくわかりました。
 いよいよ一月となり、先ずは前受けで愛光中学校を受験しました。松山まで行って受けました。過去問は三年分やりました。夜はなかなか眠ることができず、夜中に何度もトイレに行きました。しかし、塾長がわざわざ来てくれたおかげで、試験当日は緊張もほぐれ、無事に合格できました。
 それから一週間は必死に過去問を解きました。東大寺学園中を14年分、大阪星光学院中は16年分、西大和学園中も5年分、ラサール中や愛光中も少しずつやりました。
 そして18日。朝から大阪星光学院中を、午後からは明星中を受験しました。明星の試験の時はもうへとへとで、待合室で何時間かいましたが、うとうとしていました。試験中も寝そうになり、本来の力は出し切れなかったです。
 次の目は、西大和学園中を受ける予定でしたが、星光学院中の合格が分かったので、受験はせず、旅館でゆっくり休みました。
 そして、ついに本命の東大寺学園中の試験の日を迎えました。とても緊張しました。それでも、般若先生が、教室に入る直前に、
「がんばれー」と、とても大きな声で言ってくれたので、緊張はすぐに和らぎました。そして全力を出し切れました。
 その2日後の1月22日。僕は、
「ヤッタァー!」と叫んでいました。合格できたのです。
 受験した学校はすべて合格という最高の形で、僕の中学受験は終わりましたが、これは、たくさんの人(家族、塾の先生方、学校)の応援をおかげだと思います。今まで本当にありがとうございました。

惣塚 ここ美
同志社香里中学校入学
帝塚山中学校合格
桃山学院中学校合格
四天王寺中学校合格
土佐塾中学校合格

私がHOPESに入ったのは、4年生の初めごろでした。母からは「あそこは難しいよ」とよく言われていました。実際にやってみたところ、想像以上で、本当に難しかったです。算数のテストでは、ほとんどに「もっとがんばろう」という判子がおされていました。その頃は、すぐに「もう塾やめる」と言っていました。でも、いざとなるとやめたくありませんでした。心の中では、ここに居たいと思っていたのだと思います。
 5年生になると宿題も増えたり、授業時間も増えたりで、とてもしんどかったです。泣きながら宿題をしたこともありました。
 6年生になると、1つ1つの授業の内容が難しくなりました。宿題も多くなり、夜寝る時間も遅くなってしまいました。それでも、まだ一年もあると思っていました。けど、時間が過ぎるのはあっという間で、いつしかもう入試本番を迎えてでした。
 入学試験の前には、先生方が勇気づけてくれました。そのおかげか、テストはスムーズに行き、私が行きたかった学校に合格することができました。ここまで来られたのは、先生方、スタッフの皆さん、そして家族のおかげです。本当にありがとうございました。この受験で経験したいろいろなことを、大きくなっても忘れずに、今よりもっと成長していきたいと思います。

清風南海中学校入学
明星中学校合格
土佐塾中学校合格
帝京冨士中学校合格

受験を考え始めたのは、4年生も終わる頃だった。5年生からHOPESとは別の塾に行き始めたが、6年生になり「今のままじゃ(受験は)きびしいから」と、ある人からHOPESを紹介してもらった。
 入塾した時はもう5月だった。一番最初の授業は、国語と算数。国語は、初めてにしては割と良く理解できた。(これならいけるかな?)けれど、次の算数は、難しくて全く解けなかった。その日の算数の復習だけで2時間以上かかった。次に受けた理科の授業では、知らない事も多かったが、まだ理解することができた。
 HOPESに通うにつれて、次第に得意と苦手とが分かってきた。しかし、算数は苦手が多かった。先生に何度も注意を受けながら、苦手な分野を練習した。特に、おくれていた図形などは、先生からもらった問題集を使ってカバーした。毎日毎日12時間以上は勉強した。苦しかったが、休むと休んだ分をとりもどせなくなると思い、必死の思いでがんばった。
 入試直前の冬期講習会では、内容も濃くなってきた。さらに、弱点補強のために般若先生の一対一の授業も受け続けた。
 ついに受験の日を迎えた。先ず、前受けとして、帝京冨士中学校と土佐塾中学校を受けた。その時、先生方が総出で応援に来て下さったのがうれしかった。
 そして1月18日、午前は明星中学校を受験した。できは良い方で、手応えを感じた。算数もうまく解け、自信はあった。
 午後は、いよいよ第一希望の清風南海中学校。かなり難しく、全教科とも自信はそこそこだった。しかし、それより大変だったのが、算数の試験で、受験番号しか書かず名前を書き忘れていたのだ。試験が終わると、すぐに先生に電話をし「点はもらえますか」と聞いたが、「おそらく大丈夫だろう」との返事だった。
 次の日が合格発表だった。明星中学校は無事合格。次が本命の清風南海中学校の発表だ。このときはとても緊張した。そして、次の瞬間、緊張は喜びと感動に変わった。真っ先に先生方に知らせた。
 合格できたのは、全て、支えてくれた家族や先生方のおかげだ。HOPESを紹介してくれた人にも感謝を忘れないようにしたい。


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