帝塚山泉ヶ丘中学校入学
冨士中学校合格

ぼくは小学5年生の時にHOPESに入塾しました。

最初のころは全然学力が足りなかったのに、あまり勉強をする気にならず、成績もいつも悪かったです。いっときがんばらなければならないと思ったのですが、がんばってみても成績がすぐにのびるわけではありませんでした。HOPESをやめてもっと自由にしたいと思うことさえありました。

しかし、気持ちが変わり、やはり受験をあきらめないでがんばろうと思いました。この時に受験をあきらめると言わなかったからこそ、第一志望校に合格することができたのだと思います。

それからは、得意だと思える教科がいろいろとでき、自信も出てきました。

まず一つ目は、近現代の歴史です。5年生の12月ごろ、父といっしょに鹿児島県へ行きました。そのとき、戦争で日本軍が使っていた大砲を見、さらに神風特別攻撃隊に入り敵の船にぶつかって死んでいった人達が書いた遺書や親や弟妹への手紙を読み、どれだけ若い人が亡くなったかを知りました。他にも、特別攻撃隊が生活していた小屋や日本軍が使っていた母船のプラモデル、昔の町を再現したプラモデルなどを見ました。それがきっかけとなり、家へ帰ってから調べたり勉強したりしてたくさんのことを学びました。鹿児島ではさらに、明治時代の歴史資料館へも行きました。そこでは西郷隆盛を中心に、彼に関係した人たちや大久保利通らのことについてふれていました。なんだかとても楽しくすごすことができ、さらに学ぶことができました。

二つ目は、公民です。社会の中では最も好きでした。毎日ニュースを見ていると、病気の名前がわかり、地震があれば何度も町の名前が出てきて勝手に覚えてしまいます。大臣の名前も何度も聞くから覚えることができ、不正を行った会社は大きく報道されたので覚えられました。ニュースのおかげで、公民をとてもおもしろく学習することができたと思います。ニュースではめったに出てこない言葉も覚えることができました。ただ好きだったというだけで、多くのことが学べたのです。

最後は、算数の文章題です。好きになった理由は、何か変だと思われるかもしれませんが、文章の内容がおもしろかったからです。勉強しなさいと言われると、時間が空いたときにはいつも文章題をやっていました。実際には他にやることはあったのですが、文章題ばかりやっていました。それで文章題は成績が上がりました。

人によって、好きな科目も好きになるきっかけもちがいますが、好きな科目があることで成績が上がるなら、それでいいと思います。しかし、ぼくのように好きなことばかりやっていても困ります。実際に漢字ではすごく困りました。前からやりなさいと何度も何度も言われていたのですが、好きな科目ばっかりやっていたため、国語や理科は全然のびませんでした。入試直前に少しましになったぐらいです。それでも、最後に理科を少しでもずつやり始めたことが、入試でよい結果につながったのではないでしょうか。

このようなことを言える立場でないかもしれませんが、あえて言います。全ての科目に対して、公平に時間を取ることが大切だと思います。

大阪教育大学附属平野中学校入学

私はとても悩みました。というのは、4年生から5年生にかけては、いろいろな中学を見て『四天王寺中学校』に行きたいと思っていました。家も近いし、クラブ活動も熱心にやっていて楽しそうだったし、勉強も頑張ってやれそうだったので、私にとってはとてもいい学校に思えたからです。

しかし、6年になる直前に平野小学校から中学校に連絡進学できることが決まったのです。それで、とても悩みました。本当に四天王寺中学校に行きたいとずっと思ってたので、3ヶ月ほど考えました。その間、もし私が四天王寺中学校を受験しなければ今までHOPESでやってきたことが無駄になってしまうと思いました。一方、もし四天王寺中学校を受験して失敗し、どこにも行く学校が無くなったらどうしようとも考えました。しかし、母に
「そんな事ばっかり思っていたら本当に受からへんで」
と言われて、私はその通りだなあと思いました。それから私は四天王寺中学校を落ちたらどうなるかということは考えないで、自分が本当に行きたいと思う中学校に行こうと決めました。そして一生懸命勉強しました。でも合格判定テストではB判定だったし、四天王寺中学校に受かるには、やっぱり実力が少し足りないと自分でもわかっていました。絶対合格する自信はありませんでした。それに、平野中学校は四天王寺中学校とは全然違うけれど、四天王寺中学校にはない良さがあると思ったので、平野中学校に行って頑張ろうと決めました。

平野中学校の試験の日にはやはり少し緊張しました。けれど、先生が応援に来てくださったのでホッとしました。試験では、社会の歴史と地理、理科のてこや輪じくなどの計算問題、算数の計算、国語の漢字、作文の書き方など、これまで養ってきた力を出しきることができました。

私には、今でもやっぱりこうすれば良かったなあという悔いはありません。しかし、平野中学校に連絡進学が決まっている人が、私学を受験して合格したので平野中学校には進学しないという出来事がありました。それは少しくやしいし、ズルイと思います。けれど、私の進学には関係ないことです。私は頑張って自分の第一志望に合格できてとても良かったです。

私は、受験をしなかったから受験の本当の大変さはわかりません。でも二学期は、学校の宿題と塾の宿題とでほんとに忙しくて、ひたすらプリントをする日々でした。苦手な社会を頑張ろうとは思っているけれど、気持ちだけで全然進まないこともありました。それでも歴史だけは時代ごとに分けて少しずつ覚えていきました。6年間の小学校生活とHOPESでの学習にはいろいろ苦しいこともあったけど、楽しかったです。これからはあきらめず、夢に向かって努力できる人になりたいと思っています。

3年後にはみんなと違って高校受験突破という目標があるので中学校に入ってもしっかり勉強をし、今はまだ決まってないけれど将来どんな仕事をしたいのかを考えていきたいと思います。またクラブも熱心にするつもりです。

今まで応援してくださった先生方、本当にどうもありがとうございました。

清風中学校入学
冨士中学校合格
帝塚山中学校合格

僕が最初に受験したのは、冨士中学校でした。その問題は基本的なものがほとんどでした。この中学校は、万一に備えて受けました。意外と、受験者は少なかったです。

次に受けたのは清風中学校の前期試験でした。ここが第一志望でした。前日の夜は、時事問題を中心に苦手な社会の復習や計算練習をして、早めに寝ました。こちらも、意外と受験者が少なかったです。

次に受けたのは、帝塚山中学校の二次試験です。これは受験者が多く、受けた中では一番緊張しました。しかし、一番わかりやすい問題でした。ところで、この学校の中は迷路のようでした。

最後に清風中学校の後期試験も受けました。帝塚山中学校ほどではありませんでしたが、受験者が多かったです。前期試験を受けていたので、前回ほど緊張しませんでした。

受けた学校はすべて合格できました。うれしかったです。しかし清風中学は標準コースだったので、少し悔しかったです。復習をもう少しきちんとしていれば、理数コースに入れたのではないかと今でも思っています。しかし、悔やんでいてもしかたがないと思い、入学試験後に、何日か休息をし、中学校に向けての勉強を始めました。中学入試に関しては反省することばかりでした。ですから、中学生になったら今度こそ後悔しないようにと勉強しています。

ところで、どの中学校も同じだと思いますが、入学前にいくらかの課題が出されます。一日に何ページするのか決めてすると、やりやすくなると思います。

最後に同じことのくり返しになりますが、今は中学校に行ってから、後悔しないようにと努力しようと思っています。

大阪星光学院中学校入学
函館ラ・サール中学校合格
西大和学園中学校合格
清風中学校合格

ぼくがHOPESに入ったのは、3年生(正確には2年生の2月)の最初でした。

3年生のうちはHOPES以外にもたくさんの習い事に通っており、毎日何らかの用事があるという日々でした。でも、宿題は多くなく日数や授業時間もかなり少なかったので、無理なく通うことができました。成績はあまりよくなくむしろ悪いほうでしたが、それほど気にしていませんでした。

4年生になるとHOPESにもかなりなじんできて、授業も楽しかったです。宿題も自分なりにちゃんとやっていた(つもり)です。3年生の時に比べて成績が上がってきて、算数では100点を取ることもありました。

5年生になってからは宿題が多くなって、ほかの習い事を続けることが難しくなり、やめたものもありました。成績は上がり、順調でした。宿題もなんとかこなしていました。

6年生になると宿題の量が増えて、授業時間もかなり長くなりました。そのせいで、睡眠時間が勉強時間となって、集中力はどんどんなくなっていき、逆効果になってしまいました。それでも授業中には眠さと闘いながらも一生懸命に説明を聞き、問題を解いていました。

夏休みになると、夜遅くまで勉強していて、朝はかなり遅くまで寝ていました。起きてから勉強せずにHOPESに行くということもしばしばありました。そんな夏休みもあっという間に終わり、二学期が始まってから受験というものを意識するようになりました。それからは不思議なことに宿題がはかどるようになり、ずいぶん楽になりました。

そんな日々が続き、とうとう受験シーズンとなりました。まずは函館ラ・サール中学校を受験しました。過去問をやっていなかったので、少々不安でした。でも実際に受けてみるとそれほど難しくなく、時間も余り、手応えがありました。予想通り合格でした。それから一週間後、第一志望の大阪星光学院中学校を受験しました。国語は宿題にあった文章が出て、算数も苦手分野の問題は出ず、理科と社会もまずまずの出来でした。その後、西大和学園中学校と清風中学校を受験し、すべて合格できました。

最後になりましたが、僕を長い間支えてくださった先生方やスタッフのみなさんありがとうございました。

金蘭千里中学校入学
大阪女学院中学校合格
大谷中学校合格

私は、5年生の春にHOPESに入塾しました。入塾するまでは、全然勉強をしていなかったので、これからはしっかりやろうと思い、母に「ここで勉強したい」と言ったのを今でも覚えています。

一番最初の授業で宿題の進め方を教えてもらっておきながら、なぜか?いきなりさぼってしまいました。なかなかしっかりとできませんでした。私は他の人よりも勉強がおくれていたので、4年生の授業も受けていました。大変でしたが、この生活を続けていくと、5年生の8月から9月にかけて、ぐんっと成績がのびていきました。決められた宿題や復習をしていたからだと思います。しかし、成績がのびたのは良かったのですが、気がゆるんでしまい、すぐに以前と同じ成績に下がってしまったのです。

5年生もおわりに近づき、重要な6年生になりました。5年生の時とくらべて、宿題やプリントの量が増えたので、とてもあせりました。「5年生の時でも、精一杯だったのに」と思いました。授業の間違い直しは、家に帰ってからすぐにやるようにしていましたが、できない時が多かったです。問題が難しくなったので、間違う量が多くなったからです。それでも、がまんしてやっていきました。ですが、夏休みに入ったころには、しだいにやる気がなくなっていきました。夏休みに入ってからは、宿題が毎日こなしていた量を上回ったので、だんだんとたまっていったのでした。だから、塾が終わった次の日に、まとめて全部やっていました。しかし、まとめて全部やったことが原因で、夏休みに入ってしばらくたってから、急に勉強するのがいやになっていました。家で勉強する時には、とちゅうで集中力がとぎれてしまったり、少し遊び半分で宿題や復習をやったりしていたのでした。夏休みが終わっても、案の定、成績はほとんど上がっていませんでした。

そして、秋になると、学校の行事がかさなったり、つかれたりしたので、宿題をやるぐらいしかできませんでした。だから、成績が下がってしまったのではないかと思っていました。そこで、宿題をしている途中に休けいを取ろうという計画を立てました。でも、少しの時間だけの休けいだったので、あんまりつかれは取れず、また、成績ものびませんでした。「夏休みにもっとしておけばよかった」と思っても、後の祭りです。そのまま、合格判定テストを受けるはめになり、やはり、自分が受ける予定の中学校はどれもB判定でした。けれども、自分の精一杯の力を出し切れるように努力をしました。最後には、苦手だった国語と社会が少しずつだけれども、自信がついてきていました。

最後に、ここまで育ててくれたHOPESの先生方とスタッフのみなさんに、感謝の気持ちを伝えたいと思います。約2年間本当にありがとうございました。

明星中学校入学
函館ラ・サール中学校合格

僕はHOPESに6年生の6月頃に入塾しました。初めは、授業をまともに聞くこともできず、ついウトウトとしていることがよくありました。また、授業プリントをやるのがせいいっぱいで、やり直しもできませんでした。しかし、徐々になれてきて、宿題もやれるようになってきました。しかし、算数はきらいだったのであまりしませんでした。そのころからサボリぐせがでてきて、元々こなす量が少なかったうえ、算数の宿題を適当にするようになりました。そんなことが何回か続き、とうとう先生に怒られて帰されてしまいました。ここで心をいれかえ、ちゃんとするようになりました。でも、やはり算数の成績は悪いままでした。そこで、般若先生が計画をたてて下さりました。それにしたがってやっていると、算数ができるようになってきました。できるといっても標準レベルぐらいまでですが、これまで算数の宿題を後回しにしていたのが、段々先にやるようになりました。

しかし、算数の次にきらいだった理科を全くやらないようになってしまいました。理科では力学が苦手で、入試本番でも、力学や電気の分野が足を引っぱったと思います。理科の先生も特別プリントを作って下さりました。最初のうちは順調にやっていましたが、後になって力学がでてくると、やらないようになってしまいました。般若先生がおっしゃっていた、入試に失敗してもすべては自分の責任ということを、入試後となって初めて感じました。

最後になりましたが、先生方、スタッフの方々、本当にありがとうございました。この塾に入って本当に良かったです。

塾生のみなさん、各先生の言うことをよくきいて、その通りにやっていれば、必ず努力の成果は現れます。HOPESは最高の塾です。先生もほんとうにいい人だし、スタッフの方々も優しく接して下さいます。他の塾(青い奴とか黄色い奴)には負けません。誇りをもって下さい。

東大寺学園中学校入学
函館ラ・サール中学校合格
帝塚山中学校合格
奈良学園中学校合格

僕はこの春、念願の東大寺学園中学校に入学することが出来ました。

僕の体験談が、あまり参考にはならないかも知れないけれど、役立ててもらえると幸いです。

HOPESに入塾したのは、入試まで残り2ヵ月少しという、11月初め頃でした。本当なら志望校も決め、受験勉強も仕上げの段階に入っていなければいけなかったのに、今一つ、受験勉強に乗り切れていない自分に、このままで大丈夫かという不安がありました。苦手な科目、課題に対しても、全く手がつけられない状態で、大好きで得意な算数ばかり勉強していて、苦手で嫌いな社会は放たらかし。社会は入試直前でも大丈夫と勝手に思っていました。こんなぼくをHOPESは温かく受け入れてくれました。

最初の授業は、まだ雰囲気に慣れず戸惑いもあったけど、先生方の授業はとてもわかりやすくスピードもあり、段々と授業が面白く感じられ、塾に行くのが楽しみになってきました。でも、現実はあと2ヵ月しかありません。しかし、般若先生は“まだ2ヵ月もあるんだから大丈夫”と勇気づけてくれました。その時、僕はこれがラストチャンスと心に決め、受験勉強への意欲をもう一度強い持ち、新鮮な気持ちで取り組みました。

11月のたった1ヶ月で、社会3冊、理科2冊の問題集を仕上げるように言われました。出来るはずがないと思いながらも、やるしかないと心に決めました。そして「二度と同じ問題に触れることができないから、絶対頭に入れていくんだよ」と、先生に言われました。しかし、最も大きな問題が出てきました。志望校の“過去問”を全くしてなかったのです。目の前が真っ暗になりました。塾生のみんなは、すでに過去問に取り組んでいて、僕の中にまたあせりが出てきました。

でも、その事がとても良かったのでした。塾が休みの日は、過去問をひたすら解きました。最初、甲陽学院中から始めていたのですが、いつの間にか、灘中のものだけになっていました。また、12月になると、いつの間にか社会が面白く思えて、社会の点数がぐんぐんと上がってきていました。暗記というものが根本的に嫌いで、社会の難かしい東大寺学園中はムリだろうと思っていたのに、与えられた教材をきちんとやっているうちに、社会で大事なあらゆる要素が完璧に頭に入ってくるので、僕は社会が大好きになりました。しかも、先生の社会の授業は、わかりやすく、ユーモアにも富んでいたので僕はとても救われました。毎日、問題集をきちんとしているか確認されました。東大寺学園中の過去問も解きました。

こんなことをしている内に、新しい年を迎え、入試本番になりました。今まで培った力を出し切って入試にいどみました。

灘中は不合格でとても悲しかったけど、東大寺学園中の合格発表で受験番号の226番を見つけた時は何度もとび上がって喜びました。

最後になりますが、僕の小さな可能性を大きく大きく伸ばしてくれた先生方、ありがとうございました。僕を信頼して励ましてくれたお母さん。般若先生の元で指導を受けることをすすめて下さった恩師。本当にありがとうございました。

東大寺学園中学校入学
函館ラ・サール中学校合格
西大和学園中学校合格
大阪星光学院中学校合格

ぼくは2年生の終わりにHOPESに入塾しました。算数の授業では泣いてばかりでした。授業のスピードに慣れるのがたいへんで、成績が悪くて再テストを受けたり、算数の小テストの出来が悪く居残りをしたりしていました。しかし、国語と理科は授業が楽しくて、宿題もきっちりしていたので、テストでは良い成績をとっていました。

4年生のときは、教科に社会が増えました。ぼくは暗記するのが得意なのですぐに得意科目になりました。けれども、算数は苦手なままでした。

5年生になると、宿題のやり方が雑になってきました。それでも、復習テストでは良い成績がとれていたので、安心してしまい、宿題は雑になるばかりでした。それに、入試のことをまったく意識していなかったので、学校の友達ともよく遊んでいました。

そして、いよいよ6年生になりました。

6年生になると、授業時間がすごく増え、内容は難しく、量も多くなりました。しかし、テストや実戦演習で算数以外はいい成績だったし、算数も平均点はとれていたので、気がゆるんでしまいました。なので、夏休みまでは学校の友達ともよく遊んでいました。

夏休みになり、苦手な算数を克服しようという目標をたて、HOPESの授業のない日も自習室をできるだけ利用して勉強しました。けれども、算数の成績はあまり良くはなりませんでした。

夏休みが終わってからは、今までのように遊ばず、学校から帰ったらすぐ過去問や宿題をしました。過去問は、東大寺学園中、星光学院中、西大和学園中と甲陽学院中、そして先生から渡されたラ・サール中の算数をやりました。わからない問題は先生に積極的に質問をしました。

年が明けてすぐ、函館ラ・サール中学校の試験がありました。友達もいっしょだったので緊張せずにテストを受けることができました。理科がすごく難しかったので少し不安でしたが、結果は合格でした。

3学期が始まって一週間後に、星光学院中学校・西大和学園中学校と試験がありました。西大和中学校は友達が近くにいたので、緊張せず、楽しく受けられました。算数がとても難しかったけど、みんなも難しいと言っていたので、少し安心しました。

そして最後は、第一志望の東大寺学園中学校でした。午前中、国語と算数のテストがありました。算数は時間が足りなかったけれど、国語は得意だったので、できました。昼休み中に、星光学院中の合格を知り、安心しました。午後には理科と社会のテストがありました。理科は今まで解いたことのないような問題が出ており、苦戦しました。社会は得意だったのですが、少し難しく感じました。

結果はすべて合格でした。合格できたのは、先生方やスタッフの方々のおかげだと思います。本当にありがとうございました。

明星中学校入学
土佐塾中学校合格

HOPESに入ったのは3年生の終わりぐらいでした。初めての授業は先生の理科でした。

ところで、僕は何回も塾をやめさせられかけました。理由は復習をやってこなかったからです。注意されても三日ぐらいするとまたさぼっていました。このようなことが、かなり長い間続いていました。6年の後半になって、これはやばいと思い、やっとこさ宿題をちゃんとやるようにしました。

僕は成績があまり良くなかったので、得意分野を見つけ、まずその得意分野からのばしていこうと思いました。

最初の入試は土佐塾中学校でした。会場には塾の友達はいなかったけれど、学校の友だちがいたので少し安心しました。どの科目もよくできたと思いました。結果は合格でした。初めての入試で合格できたので、すごくうれしかったです。この調子で次の学校にも合格したいと思いました。

次は大阪教育大学附属天王寺中学校の入試でした。一次試験の科目は国語と算数だけだったのでほっとしました。なんとか合格できました。しかし、二次試験では、理科と社会以外にも家庭科、図工、体育、音楽などがありました。家庭科と音楽は大嫌いなので、他の科目にかけてみましたが、不合格でした。初めての不合格は何とも言えない気分でした。

次は第一志望である明星中学校でした。明星中学の算数には図形が多く出ます。ぼくは図形が得意だったから、本番でも手ごたえがありました。国語と社会も自信がありました。でも理科にはあまり自信がありませんでした。合格発表は入試日当日にあったので、ものすごく心配でした。とりあえず心を落ちつけるために家に帰ってすぐ寝ました。電話で合格だと聞いたときは、本当にほっとしました。

次の日は、西大和学園中学校の入試で、僕にとっては最後の中学入試でした。最後は合格でしめくくりたいという気持ちがありました。だけど、問題が想像以上に難しかったので、解答用紙に空白をたくさん残してしまい、結果は不合格でした。

西大和中学に落ちたことは残念に思っていますが、それは自分の努力不足のせいです。終わったときに後悔するようなことはしてはいけないと、改めて思いました。次は大学受験に向かって後悔しないように勉強したいです。

3年間お世話をしてくれた先生方、スタッフの方々、本当に有り難うございました。


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